島原市の変貌 (公開: 2017年08月29日) 平成2年(1990年)噴火前の島原市 中央の小高い山が眉山(818m) [主峰となる七面山と天狗山を合わせて眉山と総称] この眉山のおかげで島原市の中心市街地は直接の火砕流の危険はありませんでした。 平成5年(1993年)噴火後の島原市 しかし当時は上記画像の左側(南)と右側(北)に火砕流が流れると市街地は孤立する可能性が! 火砕流の直撃はなくても噴煙がほんのわずかな時間で数センチ積もる事もありとても不安な日々を過ごしていました。
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